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若菜流
宝暦元年、六世杵屋喜三郎の門人、
杵屋彌三郎(?〜1763年)が初代。
1745年立三味線に昇進し京鹿子娘道成寺、
執着獅子を作曲。
三世杵屋彌三郎の時代、(鳴物師)
若菜鐵五郎の子息を養子に迎え安政三年(1856年)二世若菜鐵五郎に襲名。
現在の若菜は後の六世杵屋彌三郎の次男(東 千代之介)が若菜の名を再興し三世若菜伊三郎となり(昭和47年)日本舞踊若菜流を創流した。
三世 若菜伊三郎(東千代之介)
大正15年六世杵屋彌三郎の次男として
東京に生まれる。
昭和13年花柳徳太郎師に入門。
昭和20年東京音楽学校(現・東京芸術大学)邦楽科に入学。
昭和21年藤間勘十郎師に入門。
四世 若菜 伊三郎(若菜孝史)
昭和42年三世若菜伊三郎の長男として
生まれる。
三世伊三郎に指導を受け、昭和60年三世伊三郎が舞台・映画・テレビの仕事もあることから藤間藤太郎師に預けられる。
平成15年四世家元を襲名。